見えないオブジェ
私は旦那と愛犬ちぇむと共に、昼のショッピングモールにいたはずだった。
あれやこれやと物色しながら、楽しい時間を過ごしていたが、少しだけ旦那と別行動をとることになった。
私はちぇむを抱いてぶらぶら歩いていたのだが、気分転換に外のベンチで休むことにした。
外には小高い丘があり、その上には大きな柱を斜めにすっぱり切り取ったオブジェがそびえている。それを囲うように、円上にいくつものベンチが置かれていた。
そこには親子連れやサラリーマン風の男性、初老の女性や走り回る子供、十人十色のたくさんの人々がいた。
私は空いたベンチを見つけて腰掛けた。隣には老夫婦が座っていて、こちらに微笑みかけてきた。私はちぇむを撫でながら会釈をした。そして惹きつけられるように、オブジェに目をやった。
気がつくと、私は隣に座っていた老夫婦が運転する車に乗っていた。老夫婦の車は、たまたま私の自宅の方向にぴったり向かっていた。私は外を眺めながら、ちょうどいい、自宅の近くで降ろしてもらおうと思った。
なんの疑いもなく、ただ私は座席に身を委ねていた。
だんだんと心地よくなり、気が遠くなってきた。
自宅まではもう少し…でもこのまま眠ってしまいたい…
「きゃうん!」
その声にハッと我に返ると、自宅が目に入る距離まで来ていた。
「ここで降ります!」
次の瞬間、目を開けると、私は布団の中にいた。少し頭を起こすと、ちぇむと目が合った。ちぇむも私のそばで丸くなって眠っていたようだ。
なんだ夢か。他人の車に平気で乗ってたな。旦那はおいてけぼりだし。
現実では受け入れられない状況も、夢の中だとすんなり受け入れちゃうものだよね。
そんなことをぼんやり考えていると、キッチンからなにやら物音がしていることに気がついた。
立ち上がって見に行くと、旦那がなにか片付けをしている。その顔は、明らかに怒っている。
目が合うと、旦那はこう言った。
「どうして勝手に先に帰ったの?全然連絡もつかないし。おまけに熟睡?ありえないよ。」
あのショッピングモールに、大きな柱のオブジェなんてない。
私は旦那に抱きついた。足元ではちぇむも体をすり寄せている。旦那とちぇむの温かさを感じた。
生きてここに戻ってこられてよかった。私は胸を撫で下ろした。
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